60年代半ばまでのフォーミュラー・ワンは、フレンチブルー、イタリアンレッド、ドイツシルバーなど生産国をあらわすカラーに塗られ、列強ナショナリズムの象徴でもありました。
 そんな中、初めてブリティッシュグリーン(英国)を脱ぎ捨て、赤と金で塗り分けられたゴールドリーフ(タバコのブランド)で参戦したC.チャップマンのティームロータスは、保守的なF1ワールドに衝撃を与え、当時では考えられなかったスポンサーシップという概念で「走る広告塔」という価値を世界に認めさせてしまうのである。これがキッカケとなって、後の黒い稲妻JPSロータス、ウィングカーの栄光へとつながってゆくのです。
 学生時代、東洋哲学を専攻したC.チャップマンは、蓮の花(LOTUS)のネーミングでロータスロマンシングストーリーを書きつづけたのでした。
 C.チャップマンには、別のもうひとつの顔がありました。それはスポーツカー・メーカーとしてのロータスです。路上のレーシングカーとして、現代も生き続ける超ロングセラー「ゼウン」(1957年)、初のモノコックボディの「エリート」(1957年)、最大の生産台数誇る「エラン」(1962年)、ミッドシップスポーツ「ヨーロッパ」(これは伝説の”サーキットの狼”が操るあのヨーロッパである)などキラ星のごとくスポーツカーをつくりつづけたのでした。

 

 私たちがロータスに学ぶべきは、常に時代の先端を求めたメカニズムをリスクを恐れず製品化してしまう行動力。過去にしばられず、溺れることなくナショナルカラーを脱ぎ捨ててしまう勇気と若々しい思考力。ZEUSが歩むべき先人の道は示唆と感動に溢れている。「ゼウン」はともかく「エラン」までがキットフォームで販売されたという事実。ここにZEUSが学ぶべき究極があるのです。C.チャップマンが求めたものは、顧客が感じる「これは俺の作った、俺のクルマ」という一点ではなかったのだろうか?ユーザーが「俺のクルマ」と感じ、喜びを共有する至高のコンセプト。このことがZEUSの求める顧客第一主義と重なりあうのではないだろうか?
 「蓮の花とは彼自身の、彼の宇宙だったのだ。」
ZEUSはエアロパーツメーカーに甘んじることなく、新しい時代の創造という信念のもと、上質なチューナーズカーを送りつづけることで、ZEUS宇宙を重ねあわせたい。
 私たちの願望は今、やっとスターティング・グリッドに並んだところです。